恩師からの年賀状

近年は、スマホやパソコンで年始の挨拶を終わらせるのが主流となりつつあるようですが、私は未だに手作りの年賀状にこだわっています。

年賀状のやり取りしかしない友人もいますが、年賀状があるからこそ今でも繋がっていられるのだと思うからです。

そんな思い入れのある年賀状ですが、毎年年が明け、元旦にポストに届く年賀状を見ると、どうしても思い出す年賀状があります。

それは、かつての恩師から受け取った1通の年賀状です。

中学生時代の恩師で、とてもお世話になった先生だったのですが、卒業とともに連絡を取る機会もなくなり、音沙汰もないような状態でした。

中学生時代の話を友人と懐かしく振り返るたびに、話題に上がるほど人気があり、生徒からも人望の厚い先生でした。

そんな先生が、最近病に冒されているとある日、友人から聞いたのです。

当然私は、激しくショックを受けました。

それも悪い病気で、あまりいい状態ではないという話だったのです。

ちょうど年末に入るころに聞いた話だったので、そこで思い切って年賀状を出してみることにしたのです。

できるだけ、「病気だと聞いたから年賀状を書いてよこしたのだ」と悟られないよう、あくまでも普通を装い、懐かしく思う気持ちを書いて送りました。

すると年が明けて4日ほどたった時、先生から返信が届いたのです。

懐かしい先生の字でした。

これまで何人もの先生に出会いましたが、この先生の字だけはなぜか忘れられず、宛て名を見ただけですぐにこの先生の字だとわかるほどでした。

先生の年賀状には、私が出した年賀状へのお礼と、近況について書かれていましたが、自分自身の病気についてだけは触れていませんでした。

字から先生の思いや、私自身の懐かしい思いがよみがえり、年賀状を手にしたまま目頭が熱くなったことを昨日のように覚えています。

それから半年後、先生は亡くなりました。

なんとなく予想はできていたものの、先生からの年賀状を再び手にし、思いっきり号泣しました。

最後の最後に先生とやり取りした年賀状が、忘れられません。

手紙という形でしたが、最後に先生とお話しすることができ、本当に良かったと思いますし、思い切って年賀状を出してよかったと思います。

これまで受け取った年賀状の中でも、絶対に忘れることのできないたった1枚の年賀状です。

大切にしたい年賀状たち

私が初めて年賀状をもらったのは、小学生の時でした。

仲良しの友人とは「年賀状を送り合おうね!」と約束しており、もちろん友人からもらう年賀状も嬉しいものでしたが、普段はあまり話したことのないクラスメイトからの年賀状も、仲間だと認めてもらえたような気がして嬉しかったのを今でもはっきりと覚えています。

特に印象に残ったのが、手書きのイラストがたくさん描かれている年賀状です。
その年の干支のイラストに加え、私の似顔絵まで描いてくれていました。
小学生が描く絵なので、上手いとは言えないイラストだったかもしれませんが、時間を割いて描いてくれたことに感動しました。

大人になってからもらう年賀状では、年賀状を通して数年ぶりに連絡をとれた友人もいました。
地元を離れずっと会えていない友人も結婚し子供も生まれ、毎年家族の写真も載せてくれているので、年賀状が友人の子供たちの成長を知れるひとつの手段にもなっています。
ペットの写真などもとても可愛く、ほんわかした気持ちになれます。

また、癌で亡くなった幼なじみのお母様からの年賀状も、私が大切にしている物のひとつです。
毎年年賀状の交換をしていましたが、ある年闘病中の写真の載った年賀状が届き、それが最後の年賀状となってしまいました。
今でもその年賀状を見ると悲しい気持ちになりますが、年賀状がなければこうしてお互いの近況を知ることもなかったと思うので、良かったと感じています。

近年はメールやLINEなどの普及で、年賀状を出す人も減っていると聞きます。
ですがもらった時に温かみを感じるのは、やはり年賀状だと思います。
私はこれからも年賀状を書き続けたいですし、毎年年末になるとどんな年賀状が届くのか楽しみになるということも変わらないと思います。

偶然の出会いから始まった繋がり

2016年の秋頃、洋服を買いに街に出かけました。
街には自動車で行き、駐車場に止めてぶらぶらと街中を歩いていたら、見たことのあるような顔が遠くの方に見えました。
そして、見たことのあるような人がだんだんと近づいてくると、その人はなんと昔の友達だったのです。

とても嬉しくなって、近くの喫茶店でお茶をしました。
昔遊んだ話や、学校での話、現在の状況などをたくさん話しました。
そして、メールアドレスや携帯番号なども教え合って別れました。

その頃は、11月上旬くらいで、もうすぐお正月がくるということで、その昔の友達に、十何年振りかに年賀状を送ろうと思いました。
しかし、相手の住所は教えてもらっていなかったので、素直に相手に「年賀状送りたいから、住所教えて」とメールで聞きました。
そして、私の住所も相手に教えました。

2017年の元旦に送った年賀状には、昔遊んだことや、好きだった人のことなどのエピソードを書きました。
そして、昔の友達からも年賀状がきたのでとても嬉しかったです。
しかも、その年賀状の内容が似ていたので驚きました。
相手も、学生の頃に遊んだことや、好きだった人のことを書いていたのです。
そのため、驚いたのと同時に笑ってしまいました。
「こんな偶然、世の中にはあるんだな~」と思い、すごく嬉しかったのを覚えています。
そして、私が年賀状を送った友達も驚いたそうです。

それからは、たまに会ったりするようになり、昔のようにとても良い関係を築いています。
また、それをきっかけにして、他の昔の友達にも連絡をするようになり、現在は「同窓会をやろう」という話があがっています。
あの日、服を買いに街に出かけたおかげで、とても良いことが色々と起こったので良かったです。

時間があったら会おうねという社交辞令

私が毎年やりとりしているものは、そのほとんどが学生時代からの友人との年賀状です。
そんな友人たちとは休みの日に会ったり遊びに行ったりとすることが多いので、年賀状は互いの近況報告というほどのものでもありません。
ですがいくら普段顔を会わせていても年賀状は一年の最初の挨拶として必要なものだと思うので、ずっとやりとりしていくことでしょう。

ですが中には仕事の都合で県外に引っ越してしまい、そう頻繁に会えなくなった友人も数人います。
そしてそんな普段会えない友人からの年賀状というのは特別嬉しいものです。
たまにあいつ今頃何やってんだろなどと気になることもあるため、年賀状で近況報告があるとそれを見ながら顔が綻んでしまう私です。

こうした普段会えない友人からの年賀状は大体近況報告と時間があったら、近いうちに会いたいねと言うものです。
それが実現することもあれば、残念ながらなかなか時間が合わず、実現しないこともあるのですが、社交辞令ではなく本音でお互いやりとりしているので、会いたいと一言添えてくれるのはとても嬉しいし、そんな友人を持てたことをありがたいなとしみじみ思います。

もちろん私自身も友人に年賀状を送るときには本音で会いたいことを伝えますし、ゆっくりどこかへ遊びに行ったり、食事をしたりしたいものだねと一言必ず添えます。

そんな普段は頻繁に会えない友人から受け取る年賀状を毎年楽しみにしている私なので、元旦になると早く年賀状が届かないかと待ちわびてしまいます。
小さなはがきなので、それほど長々と文章を書けるわけではありませんが、たとえ一言でもその短い文章の中に気持ちが篭っていることははっきり分かります。
そしてまた私が書く年賀状にも一筆一筆心を込めて書くようにしています。

入院中のひそかな楽しみ

私が以前、年末年始入院していたため家に帰れなかった時のお話です。
『年末年始を病院で過ごすのか』そんな風に憂鬱な気持ちで過ごしていた年がありました。
その年に普段書かないのですが、暇だし年賀状書いてみようと思いました。
ネットは使えなかったのでネット注文ではなく、家族にいくつかの印刷依頼のパンフレットを貰ってきてもらって自分が気に入った年賀状を見つけて注文しました。
早速綺麗な年賀状が手元に届きまして無理ができない状態だったので1日3枚ぐらいずつ、ゆっくりと時間をかけて全て手書きで書きました。
仕事で無理した結果体調崩しましたので、友人や知人のことについて何年も考える時間も心の余裕もなかったのですが、一人一人手書きで書いていると一人一人の顔を思い浮かんできて「あんなことや、こんなことがあったな」と思い出を振り返る機会にもなりました。
時間はかかりましたか全て書き終えて家族に出してもらい、年明け自宅に届いた年賀状を病室まで届けてもらいました。
それを見ると友人や元仕事の仲間や上司など、色々な方から返事が来ていて大変勇気をもらいました。
普段用事がないのに電話やメールはしないものですから、はありますが何年か連絡とってない人もいたので嬉しかったです。
私が生きてきた中で繋がりのあった人たちと年賀状を交わすことで、自分も励みになりましたし皆元気にしているんだなという安心感を持つこともできました。
この年以来、私は毎年年賀状を書くようにしました。
年に一度でも、こうして互いの様子を知らせ合うことで「繋がっているんだ」という気持ちになります。
友人たちも皆結婚して子供がいますし、遠方でなかなか会えない友人達の懐かしい文字を見るたびに心が温まりますね。
最近は年賀状を書く人が減ったと聞きますが、私は年賀状の素晴らしさを周りにオススメしたい内の一人です。

結婚の年賀状と子供の年賀状

日頃、ほとんど連絡しない友人とも年賀状のやり取りはしています。
その時々の友人の生活がわかるので毎年楽しくみています。

20代後半は結婚報告の年賀状が多かったです。
みなウエディングドレスをきて楽しそうにしていました。
新婚旅行や結婚式の幸せそうな写真付き年賀状で華やかだった印象があります。
独身の私は年賀状をみて少し嫌な気分になったことを覚えています。

しかし、30代になってからは全体的に地味になりました。
子供が生まれた友人は毎年子供の写真、特に多いのが子供のドアップと派手目の年賀状ですが、写真も色もない地味な年賀状が大半でした。
20代で結婚した友人が次々に旧姓に戻っていたからです。
さすがに離婚した年だからでしょうか、年賀状に干支の文字がかかれただけの年賀状が多く、年によっては本当に地味でした。
特別に報告している内容でもないので、よく見ないと旧姓に戻ったことがわからないです。
特に婚姻歴が短い人は旧姓で覚えているので見逃してしまいそうになります。

そんな地味な年賀状の中の子供の年賀状は浮いた存在です。
毎年、年賀状のためにわざわざお金をかけて写真をとっているんだろうな、と見ています。
友人が写っていない写真ばかりで、見てもつまらない、というのが本音です。
子供はなんとなく友人ににてはいますが、友人の結婚相手に似ているときは見ても何も感じないからです。
せめて家族写真を送ってくれたら見ごたえがあるのに、と残念です。

幸せ自慢の子供の年賀状とこっそりと離婚した年賀状、あたりまえですが、元旦に同時に届くのでとてもシュールだな、と思っています。
離婚した人の年賀状は、結婚した年の年賀状と見比べると、派手な結婚報告だった人の方が地味になっているな、と感じます。

めちゃくちゃ楽しいカワハギ釣り!

毎年、9月の中旬から10月いっぱいにかけて、楽しみにしているのがカワハギ釣りです。
カワハギ釣りというと船の沖釣りというイメージも強いですが、この季節は堤防際に15cm程度のカワハギがたくさん寄ってくるので、手軽にカワハギ釣りが楽しめるんです。

ということで先週の土曜日、家からほど近い海まで行ってきました。
仕掛けを垂らすと早速、カツカツンとしたカワハギならではの硬さを感じるアタリ。
ここぞ、というタイミングで合わせを入れますがスカァ~。
仕掛けを回収してみるとエサだけが取られていました、さすがエサ取り名人!

しかし、そんなことはカワハギ釣りではよくあること。
もう一度タイミングをはかり、ここぞと合わせを入れると見事に掛かりました。
カワハギは見かけによらず引きが強く、ビーッと横に走って強い引きを見せます。
掛けるまでのプロセス、そして掛けてからのヤリトリが最高に楽しいんです!

そんな感じで、数時間の釣りで釣果は12枚ほど。
序盤戦としてはまあまあの釣果が得られました。

釣ったカワハギはから揚げにして、とてもおいしくいただきました。

年賀状の販売員が来た

インターホンが鳴ったので対応したら郵便局員だった。
名前を名乗っただけで、書留だとかなんかの配達だとかは何も言わなかった。
もうこれだけで要件がわかったよ。

外に出てみるといつもの兄ちゃん。
そしてこの時期。

年賀状いかがですか?

ですよねー。
そうだと思ったよ。
でも毎年のことだがちょっと早いんだよ。
まだどれくらい必要かなんてわからんのですよ。
なので”今年もあなたから買うけど、まだどれくらい必要かわからないからもうちょっと待ってて”と言っておいた。

そうかあ。
もう年賀状の季節かあ。
来年は申年か。
なんかおもしろい絵柄があればいいけどと思い、ネットで調べてみました。

今は年賀状印刷の注文もネットでできるんですね。
沢山サイトがあって驚きました。
でも、これだけ沢山のサイトがあると、どこを使えばいいのか決められません。
そういうときは、比較サイトを見ればいいんだよとヤスさんに教えてもらいました。
年賀状印刷比較.netというサイトが情報も豊富で分かりやすかったですね。

年賀状のデザインが決まったら、あとは宛名のデータ作りか・・・

インフルエンザはタミフルで撃退

日頃からのうがいや手洗いにより、ある程度の細菌やウイルスに対する抵抗力をつけることができます。体内に一度に入ってくる量が抑えられることで免疫機能が対応するようになり、いざという時にも体を守ってくれます。

しかし、病気にかからないように万全の準備をしていたとしても、集団生活を送っている以上はインフルエンザをはじめとする感染症にかかるリスクも高くなり、感染を確認してから病院に行くような段階では、重症化してしまっている事も有るので注意しなくてはいけません。

集団生活は、避けるのが難しいリスクだということを忘れてはいけません。
しかしそれはどうしようもできないこと。

それならば、いざという時に少しでも早く対応出来るように
タミフルを事前に準備しておく方という方法が有ります。

多くの人は、インフルエンザに感染してから対処しようとするかもしれませんが、それはあくまでも、病院に行けば薬がもらえるという感覚があるからこそです。

日本ではそうした環境が行き届いていると思うかもしれませんが、もしも大流行をしてしまったら、薬を手に入れられる可能性は低くなってしまうかもしれません。

また、病院で処方される薬というのは、医師の診察の元病気が確認された後に受け取ることが出来るものですので、事前にタミフルだけを入手するというのはできません。
もしも入手出来るとしてもそれは保険適用外となってしまいます。

ピークは1月~2月の空気が乾燥する時期

インフルエンザウイルスは、
主に空気感染や飛沫感染がメインです。

また、空気が乾燥している時期ほど、
感染リスクが高くなります。

湿っている空気では、ウイルスも遠くへ飛ぶことができませんが、空気が乾燥している時期になると、ウイルスが遠くへ飛びやすくなるのでその分感染リスクも高くなります。

国内の病院では、冬季の流行に備えて十分な量のタミフルも用意されてはいるものの、その病院内に居る重症患者のばら撒いたウイルスによる飛まつ感染・空気感染する事により、感染者が増えてしまうという状況も考えられます。

既に感染してしまった人も予防対策をしている人もマスクを着用することによって、感染の機会を減らすことができますが、中には、インフルエンザを発症しているのにも関わらずマスクを着用することもなく、大きく咳やくしゃみよく理解している場合もあります。

結局、こうした一部の人間が感染を拡げていると考えることもできなくありません。

しかし、そのことについて論議をしていても
何も解決はできません。

それならば、自分自身が出来る対策として、マスクをしっかりと着用しうがい手洗いを行う。更に、少しでも感染が確認されたらすぐにタミフルを飲めるように準備しておく。

それが本当の対策というものではないでしょうか。

このような事実からも、インフルエンザに感染してしまった場合を想定し、重症化させずに乗り切る為にも、タミフルを常備しておくと安心感が違います。