ワカクモ
ワカクモだ。
中団に位置していたワカクモが4コーナー手前でグイグイ上昇、直線で先頭に立った。粘れ、粘ってくれ。ファンが願う。関係者が祈る。外からヒロヨシ。さらに外からメジロボサツ。粘った。ワカクモはなんとか粘りきった。桜花賞優勝馬の関係者が大きな感動に包まれることは想像に難くない。が、ワカクモ関係者が抱いた感慨となると、どれほどか想像もつかない。その母クモワカ。昭和妬年の桜花賞2着馬。彼女が京都競馬場で伝貧と診断されたのは昭和師年、5歳の時だった。殺処分命令が下されたクモワカはすぐに京都から失踪。消息を絶って3年、北海道の吉田牧場で彼女は発見された。元気に生きていた。ここに至るまで、無実を信じて手を尽くした関係者がいたことは間違いない。そして裁判に。結果、獣医師の誤診と判定されて殺処分命令は取り消された。ずっと血統書から抹消されていたクモワカは新たに「丘高一という名前で血統登録。晴れて競馬場に送り込む子供を出産できる日が訪れたのである。時に昭和詔年。京都で姿を消してから実にu年の歳月が流れていたOそのクモワカ(丘高)が生んだ最初の「血統書付き」の子供がワカクモだから、たまらない。どこまで劇的なんだ。
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2011年2月3日 | コメントは受け付けていません。 |
カテゴリー:競馬

